進化遺伝学研究室へようこそ

生物とはどのような存在なのでしょうか。そもそも生きるとはどういうことでしょうか。特に、我々人間はどのような存在なのでしょうか。このような「生きる」にまつわる根源的な問いに対しては、進化的な考察が有効です。

生物は我々個人の人生よりもはるかに長い時間をかけて環境に適応し、現在の状態を形作ってきました。この生物進化の過程を解明することとは、生物がどのように生きて来たのか、生き様そのものを知ることに繋がります。そしてなぜ現在の状態になっているのかの理解が進みます。そしてこれらの理解は、未来の社会や生物の将来の姿を考えるときにも役に立つことでしょう。

生命活動がゲノム情報に支配されていることを鑑みると、進化的変化の源はゲノムに生じた変異です。生物進化の理解にはゲノム進化の解明が欠かせないことを意味します。ここで気をつけなければいけないのは、現在のゲノムを知るだけでは十分ではないということです。明らかにしたい進化という現象は過去に生じたイベントであり、それに対して直接観察できるデータは現在の状態です。知りたいことと得られるデータとの間には時間的なズレがあるのです。このことから、現在のデータから過去のイベントを推定するという作業が欠かせません。これこそが我々の研究室で行っている進化遺伝学研究です。

進化プロセスをモデル化しその下で発生し得るデータを予測できれば、進化的イベントと現在のデータとを関連付けることができます。これを可能にしているのが集団遺伝学・集団ゲノム学・分子進化学などの研究分野です。データと進化イベントとの対応関係が得られれば、実際のデータを生み出した進化プロセスの推定が可能となります。

我々の研究室では(1)既知の集団遺伝学的な研究成果を応用したゲノム多様性データを解析、(2)進化プロセスとゲノムデータとの対応関係をより詳細に調べる理論研究、の2つの側面から進化研究を進めています。

進化プロセスの解明:ゲノムデータ解析

ゲノム多様性データ中に残された特徴を理論集団遺伝学に基づいて解析すれば、進化プロセスを考察することが可能です。本研究室でも集団構造や集団分化・種分化の歴史いわゆる集団史の推定や、適応進化の解析を行って、様々な生物の進化を明らかにしてきました。

現実の生命の機能は複雑です。残念ながら、既存の解析を適用するだけでは高度な機能の進化を明らかにすることは出来ていません。私達のグループではさまざまな方法を統合し、新たな解析の切り口を模索して、未だ明らかにされていない進化の解明に取り組んでいます。例えば我々をヒトたらしめた変化がどのようなものであったのか、精神機能の進化の解明を進めています。これによりヒト特異的な変化の解明を目指しています。さらにはこれらの変化が社会性をもった人をうみだし、文化・文明の発展につながったと考えています。

解析法の開発と改良:理論的研究・シミュレーション研究

ゲノム上に残された特徴的な多様性パターンとその原因となった進化的イベントとを結びつける研究は、先行研究で数多く行われてきました。この対応関係が完成していれば、ゲノムデータ解析で進化を推定することができます。例えばとても適応的な変異が発生して広まった場合に生じる多様性パターン、種分化を起こした2種間に見られる変異量など、シンプルな進化の影響であればある程度予測は可能です。

しかし現実の進化プロセスは複数の要因が重なり合う複雑なものです。現時点ではゲノム多様性データと進化プロセスは、まだ完全に結びついているとまでは言えません。

現在という一時点のゲノム多様性データがら、複数の要因の影響を切り割り、それぞれの効果を解明しなければいけません。データのどの特徴に着目し、どのような解析をすれば良いのでしょうか。これからの研究課題です。例えば集団史の影響と適応の影響は分離しなければなりません。ある形質の形成に複数の遺伝子が関係しているとき、それぞれの遺伝子領域にどのような影響が見られるのでしょうか。他方で、一つの遺伝子が複数の形質に関わっていることもあります。このような場合、その遺伝子領域に見られる多様性パターンはどの形質の影響を反映しているのでしょうか。

進化解析の検出力や解析精度は、その進化イベントが発生した時期に大きく影響されます。古いイベントは検出しづらいですし、意外かもしれませんが、最近すぎる進化イベントも検出が難しい事がわかっています。すなわち解析された結果は全体の一部であり、 真のメカニズムを理解するためには更なる考察が必要です。このように結果やデータに不可避的に含まれる偏りを補正し、真の進化メカニズムを推定する方法の確立も行っています。

進化遺伝学研究室

九州大学 進化遺伝学研究室では、集団遺伝学・集団ゲノム学・バイオインフォ・データサイエンスを融合して、新しい解析方法を開発します。そしてそれを使って未解明の現象を解析し、進化メカニズムを解明して、われわれ自身に対する理解を深めます。ゲノム科学を基礎にして、生物・理論・データ解析の技術を活用し、未解決の課題に挑戦しています。当研究室のもう一つの使命は、各界で活躍する人材を輩出することです。アカデミアに限らず、あらゆる分野で活躍できる人材育成を目指しています。

われわれ一人一人は、生命の歴史からみるとほんの一瞬の存在でしかありません。しかしながら生物進化の過程を解明し、我々の人生よりもはるかに長い時間の流れを理解することができれば、素晴らしいことではないでしょうか。