研究内容


 シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)はワサビ、キャベツ、ダイコンなどと同じ、アブラナ科に属する植物です。シロイヌナズナは高等植物の中でも特にゲノムサイズが小さく、染色体数も少ないことから、遺伝学的研究に適しています。遺伝学的解析に必要な情報・技術も揃っているため、これまでに様々な突然変異系統・形質転換系統が作られ、それらを用いて遺伝子機能が解析されています。
 さらに野生のシロイヌナズナには、各々の生息地環境に適応して分化した系統(エコタイプ)が多数存在します。これらシロイヌナズナエコタイプは、同じ植物種が異なる自然環境にさらされた際に遺伝子レベルでどのような変化が起こるかを表した、生きた事例です。私たちはこのシロイヌナズナのもつ天然の遺伝的多様性を活用して、植物がどのようにして周囲の環境に適応しているのかについて生理学的・遺伝学的に解析を行っています。

主な研究

野生シロイヌナズナが有する多様なCO2適応メカニズム

植物は葉の表皮に存在する気孔という穴を通して、大気中のCO2を取り込み、体内から水蒸気や酸素を排出します。植物は周囲のCO2濃度に合わせて、CO2取り込み量が適切となるように、気孔の開閉・サイズ・数を変化させます。このようなCO2に対する植物の適応応答機構を解明する一助とすべく、実際の自然界において気孔のCO2に対する応答能力にどの程度の差があるのかについて、世界各地のシロイヌナズナエコタイプ374系統を用いて調べました。その結果、同じシロイヌナズナ種でもCO2応答能力には大きな差があり、さらにそのCO2応答性の違いを生み出す要因には様々なものがあることが分かりました。
 例えば、特にCO2応答性が緩慢であったCape Verde Islands-0(Cvi-0)系統は、気孔閉鎖を促す植物ホルモンであるアブシジン酸(ABA)に対する感受性が著しく低下していることによって、気孔を閉じにくい形質をもつことが明らかになりました(図1; Monda et al., Planta, 2011)。
 また、高いCO2取り込み能力を示したMechtshausen-0(Me-0)系統では、気孔サイズ(面積)が通常のシロイヌナズナの約1.9倍になっていました(図2; Monda et al., Plant Physiology, 2016)。この気孔巨大化の原因は、細胞の倍数性レベルの上昇であることが分かりましたが、人為的に作出したシロイヌナズナ4倍体がうまく気孔を開けないのに対して、天然の4倍体系統であるMe-0では、巨大な気孔に適応して十分な気孔開口を行うことができ、それが高いCO2取り込み能力につながっていることが明らかになりました。この研究成果から、自然界で起こる倍数性上昇がCO2取り込み能力の向上につながる可能性が示され、また植物の環境適応進化において倍数性レベルの変動が重要な役割を果たしていることが示唆されました。

図1 気孔が閉じにくい野生シロイヌナズナCvi-0.
a 植物写真. b CO2濃度を変化させたときの気孔開度.
c 葉の表皮をABAで処理したときの気孔開度.
   図2 巨大気孔をもつ天然の4倍体シロイヌナズナMe-0
   左図 植物写真. 右図 気孔写真.