屋久島研究ネットワーク
開設の趣旨といきさつ
屋久島は、多くの生態学研究者にフィールドとして利用されてきた。しかし、屋久島で研究する生態学者どうしの連携は、はっきり言って弱かった。さらに、研究者と島民の方々の連携も弱かった。屋久島でのプロジェクトを25年ぶりに開始するにあたって、研究者どうし、および研究者と島民をつなぐ、ネットワークづくりをしたいと考えた。プロジェクト開始から8ヶ月経った時点で、11月27日に開催された大台ケ原エクスカーションで、屋久島で研究している大学院生の寺川眞理さんらと知り合い、ウェブ上でのネットワークづくりを公約してしまった。そこで、まずページを開設し、順次充実させていくことにした。
更新履歴
- 2006年5月31日:公開シンポジウム 屋久島の森がおかしい
〜増えるシカ、暗くなる森、滅ぶ植物〜 (5月30日 屋久町総合センターホール)の参加者アンケート集計結果を掲載
- 2006年5月23日:公開シンポジウム 屋久島の森がおかしい
〜増えるシカ、暗くなる森、滅ぶ植物〜 (5月30日 屋久町総合センターホール)の案内を掲載
- 1月28日:「植物分布調査の成果」のページを改訂(モニタリングについての現状認識について注意書きを追加)。
- 1月4日:「植物分布調査の成果」のページを開設し、リンクを設定した。行政機関のリンク集を整備した。
- 12月31日:日吉眞夫さんを「屋久島の方々」リストに、久米篤くんを植物研究者リストに追加。立澤さんのリンクを修正。関連サイトへのリンクを追加。レイアウトを一部修正。
- 12月14日:北大の石橋史朗くんから、自己紹介文が届く。早速、大学院生の欄に転載した。先週末の種生物学シンポで、中静プロジェクト・メンバーの工藤岳さんと同室になった。大雪山のお花畑の研究で有名だが、これまで屋久島とは関わりがなかった人だ。「屋久島の研究もやってるんだって。ウェブ上で屋久島研究者のネットワークを作っているので、研究内容を紹介してくれない」「それなら、大学院生の石橋史朗くんと、牛原亜美さんに聞くと良いよ。実際に屋久島でフィールドワークをしてるから」・・・という会話の後で、霞ヶ浦湖畔からさっそくお二人にメールを送った。その返事が今日戻ったという経緯。「サルの調査の手伝いをなどやってみたいなあと思っていましたので。プロジェクトや専門の枠を超えた付き合いができればいいですね」というお便り。・・・そう、そう。そういう交流のきっかけに、このサイトがなってくれればいいな。
- 12月13日:辻野亮くんから、ウェブサイトを開設したという連絡があった。早速、大学院生の欄からリンクをつないだ。「矢原さんのトランセクト調査ではシカがどれくらいいるのかという視点が抜けているように感じました.・・トランセクト付近で糞粒によるシカの個体数密度も推定しておくと良いのではないでしょうか.」というアドバイスをありがとう。トランセクト調査では、食痕調査もやっていて、どの調査区で食痕が多いかは把握しています。これに加えて、赤外線センサーカメラによるシカの活動量調査を予定しています。まずはトランセクト調査の調査地点を増やし、食痕調査データを補完する形でセンサーカメラによる調査を行い、希少植物全種についての絶滅リスク評価をします。
- 12月9日:馬場健くんから、自己紹介のメールが届いたので、大学院生の欄に追加した。辻野・矢原・揚妻の3ショットにリンクをつないだ。
- 12月8日:高嶋敦史くんから、サイトをリンクしてほしいという依頼が届き、さっそく追加。高嶋くんと同じ調査区を調査されている新山馨さんも追加。
- 12月7日:半谷吾郎さんから、サイトをリンクしてほしいという依頼が届き、動物研究者のリンク集を作った。植物研究者では、塚谷裕一・比良松道一・藤田卓・松井淳氏を追加。寺川さんから、ウェブサイト開設の連絡があったので、早速リンクをつないだ。辻野くん、永井さんからもメールが届いたので、大学院生の欄を充実させた。余勢をかって、矢原調査隊の欄をつくり、ケンゴさん、斉藤さんの紹介を書いたら、いかん、0時をまわってしまった。
- 12月6日:屋久島空港で、研究者数名の紹介を追加。
- 12月5日:屋久島空港発16時30分発の便で離島の予定だったが、空港に行くと、強風のため午後の便がすべて欠航していた。世界遺産センターに戻ると、奈良教育大学の寺川眞理さんからメールが届いていた。寺川さんからお寄せいただいた情報をもとに、少しのつもりで更新を始めたら、大幅な更新になってしまった。
プロジェクト
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矢原プロジェクト(プロジェクトY):環境省環境技術開発等推進費補助金(2004-2006)『地域生態系の保全・再生に関する合意形成とそれを支えるモニタリング技術の開発』および九州大学P&P『生物多様性の保全と進化に関する研究拠点形成』にサポートされたプロジェクト。別名「プロジェクトY」は、手塚さんの命名である。研究成果は、以下のページで見れる。
- 植物分布調査の成果(2004)
中静プロジェクト:総合地球環境研究所プロジェクト「持続的森林利用オプションの評価と将来像」
環境庁委託業務「屋久島における島嶼生態系の保全に関する調査研究」:2003年度から、(財)自然環境研究センターが委託を受け、ヤクシカ増加・タヌキ進入の生態系への影響を調べている。研究者を加えた検討会(通称:ヤクシカ・タヌキ検討会)が設けられており、矢原・大沢雅彦らが委員。
植物分布調査チーム(矢原調査隊)
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矢原徹一・藤田卓・布施健吾・斉藤俊浩:写真は左から、布施・藤田・矢原・斉藤。「翁」の50歳の誕生日に、七五岳頂上で撮影。この4名で、尾之間〜宮之浦岳頂上まで、38地点のトランセクト調査を実施した。その後、田金秀一郎くんが加わり、2004年10月には、永田歩道〜宮之浦岳のトランセクトがつながった。
屋久島の方々
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手塚賢至(ヤッタネ調査隊隊長)
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荒田洋一(グリーンマウンテン屋久島代表・ヤッタネ調査隊メンバー)
- 日吉眞夫:屋久島の自然と人の暮しを伝える雑誌「季刊生命の島」の編集を続けられている。創刊されたのは、私が東大に助手として着任して、屋久島の研究を始めたころなので、四半世紀以上も刊行を継続されていることになる。すごいことだ。光栄にも原稿を依頼されたのだが、まだ約束を果たせずにいて、心苦しい。できるだけ早く書きます。
- 布施健吾:ヤッタネ調査隊メンバー。手塚さんからの紹介で、楠川歩道の植物分布調査を手伝ってもらったのが最初の出会い。谷の下を双眼鏡でのぞき、「矢原さん、ヒモランが着生してますよ。見てきましょうか」という。「登れるの?」と聞くと、登れるという。「確認してきて」というと、瞬く間に、姿は谷底に消え、やがて15mほどのウラジロガシの樹上にあらわれた。以来、矢原調査隊の主力メンバーとして、全行程に参加。今回の分布調査で、着生植物の調査データがとれたのは、ケンゴさんおかげと言ってよい。昆虫や魚にも詳しい、スーパーナチュラリストだ。
- 斉藤俊浩:ヤッタネ調査隊メンバー。やはり手塚さんからの紹介で、楠川歩道の植物分布調査を手伝ってもらって以来の縁。青年海外協力隊でトンガに滞在した経歴の持ち主。手塚邸の囲炉裏端で夜がふけると、ギターをひいて歌ってくれる。矢原調査隊では、小型の植物を探す達人。シカに食べられて小型化したシダの同定に開眼。
植物研究者
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相場慎一郎:甲山隆司さんの指導で、屋久島の照葉樹林の群集構造を研究。ウェブサイトに研究成果の要約あり。中静プロジェクト屋久島班のリーダー。
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秋山弘之:コケ植物の分類学。京大大学院植物分類研の後輩。大学院時代は、よく一緒にジョギングをしたが、北部グラウンドのラストスパートでいつも大きく引き離された。屋久島では、沢登りをしていた。矢原プロジェクト現地説明会で、地元の方から「コケも調査してほしい」という要望が出たので、早速連絡をとって、応援を頼んだ。7月の調査で、新種を発見し、現在論文を準備中。
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大沢雅彦:屋久島原生自然環境保全地域調査の研究代表者。また、平成10年度環境庁委託業務「屋久島における島嶼生態系の保全に関する調査研究」の研究代表者。2003年から、ヤクシカ・タヌキに関する検討会の委員を一緒につとめている。屋久島の植物に関する本を近々出版されると聞いた。
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金谷整一:ホームページはないようだ。リンク先は、「森林総研森林遺伝研究領域」。九大大学院生のころからの知己。ヤッタネ調査隊を森林調査のノーハウ面で支援されている。手塚隊長の家で、よくお目にかかる。
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木村勝彦:屋久島の森林動態研究の草分け的存在。昨年釧路で開催された生態学会大会で、久しぶりにあった。25年ぶりに、大規模常設調査区(たしか、花山原生自然保護区にある)の再調査をしたそうだ。結果の速報を生態学会釧路大会で発表されたが、私は他のプログラムに出演していて、聞けなかった。論文が楽しみである。
- 久米篤:早稲田大学ではユキツバキやヒメアオキの多雪地への適応を、広島大学では、大気汚染と松枯れの関係を研究した。九大演習林助手として森林水文学の研究室に在籍し、森林水文学と植物生態学をつなぐ貴重な人材になった。九大在籍中は、ヤクタネゴヨウの葉の機能が、大陸から飛来する酸性降下物の影響を受けて、1年間で顕著に低下することを明らかにした。2004年4月から富山大学に移り、山岳・多雪地域の生態学研究を目指して奮闘中である。早くも、黒部ダムにおける過去37年間の観測データを解析し、中部山岳地域では世界平均の10倍位のスピードで温暖化が進んでいると警鐘を鳴らしている。私が9-10月に屋久島滞在している間に、突然安房の民宿から電話がかかった。屋久島にはこれからも関わってくれそうだ。
- 小池文人:京大大学院時代は、林冠生態学の展開を目標に、木登りをしていた。最近では、GISソフト「みんなでGIS」を製作し、景観生態学的方法を活用して、種の共存機構などの基本的な問題に取り組まれている。矢原プロジェクトの正式メンバーではないが、「みんなでGIS」は屋久島での植物分布データの解析に威力を発揮するので、応援をお願いして、快諾を得ている。
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甲山隆司:日本の森林生態学の大黒柱の一人。京大大学院に入学したころ、「森林研究の大家になる」と宣言していたが、そのとおりの存在になった。屋久島では、1980年代に、瀬切川右岸の照葉樹林に大規模な常設調査区を設定。中静プロジェクト屋久島班では、植物班を束ねている。
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芹沢俊介:シダ植物の分類学。日本で一番シダに詳しい人。環境省植物レッドリスト編集の最終段階(1997)で、私が「小杉谷からシダが消えた」と言っても、なかなか信用してくれなかった。その後現地を見て、「矢原君の言うとおりだった。あの小杉谷が・・・」と絶句。いまは、「ヤクシカ・タヌキ検討会」の委員として、小杉谷のシカ防護柵設置とその後のモニタリングを指導されている。
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高宮正之:シダ植物の分類学。中静プロジェクト植物班メンバー。分類学出身の矢原とは長いつきあい。12月から矢原研ポスドクになったパクさん一緒に、ヤクシマワラビの起源などに関する共同研究を始めることになった。
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竹中明夫:植物の形を「餌のとり方」(光の集め方)戦略としてとらえたユニークな研究で知られる。矢原プロジェクトの正式メンバーではないが、私のトランセクト調査に興味を持って、応援に駆けつけてくれた。
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塚谷裕一:知る人ぞ知る、雨男。私が東大理学部で担当した屋久島実習の9年間で、雨に降られたのは塚谷くんが参加したときだけだゾ! そのときは、淀川小屋の先の橋の直下まで、濁流がおしよせ、その先の登り坂は、滝だった。彼の著作『雨男お花畑を行く』は、そのとき私がつい口走った一言から始まる。シロイヌナズナの突然変異体をあやつる最先端の分子生物学者としての顔と、『漱石の白くない白百合』に代表されるエッセイストの顔、そして、ヤクシマオオバコなどを研究するナチュラリストとしての顔を持つ、多彩な人物。
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中静透:総合地球環境研究所プロジェクト「持続的森林利用オプションの評価と将来像」(通称:中静プロジェクト)のリーダー。中静プロジェクトは、屋久島、阿武隈(小川試験地)、ランビル、キナバルの4つのフィールドを対象にしている。屋久島班はさらに、GIS班、植物班、動植班、人文班の4つのグループから構成されているそうだ。。中静プロジェクト屋久島班の研究内容は、プロジェクトYの研究内容ときわめて関わりが深いが、今のところ相互の連絡はとれていない。
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新山馨:天文の森の1ヘクタール調査区(吉田茂二郎さんが1973年に設定された。高嶋敦史くんの欄を参照)を、4ヘクタールに拡張し、ヤクスギ天然林の動態を研究されている。日本生態学会釧路大会の講演要旨には、柴田銃江さん、田中浩さんら、森林総研の森林動態研究者の中核メンバーが名前を連ねている。新山さんには、九州支所にいらっしゃったときに(1998年)、第1回「グリーンヘルパー」ボランティア養成研修開催(協賛:九州電力)にご協力いただいた。それ以前には、種生物学シンポジウムでよくお目にかかった。
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野間直彦:湯本くんに続いて、屋久島に長期間滞在し、動物による種子散布の研究の開拓者となった。屋久島オープンフィールド博物館の代表者。
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堀田満:京大1〜2年時に薫陶を受けた。恩師の一人である。京大から鹿児島大に移られたとき、「屋久島は矢原君が荒らしまわっているので、行かない」とおっしゃっていたのに、いまやすっかり屋久島通だ。私がヤマラッキョウだと思っていた植物を、「矢原君、あれはイトラッキョウの変わりものだよ」と喝破され、新変種ヤクシマイトラッキョウとして記載された。最近では、「矢原君は、鹿児島(市)に寄らずに、すぐに屋久島に行ってしまう」が口癖。そのうち、調査報告をかねて、挨拶に伺わねば。
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比良松道一:九大新キャンパス生物多様性保全事業で親しくなって以来、メキシコ・屋久島を一緒に旅した。田金秀一郎くんの実質上の指導教官。屋久島〜台湾に自生する、テッポウユリの研究をされている。
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藤田卓:植物レッドデータブック見直し調査で、島嶼部(小笠原・屋久島・奄美・トカラなど)の調査を担当。都立大学大学院では、小笠原諸島のムニンフトモモの研究をしていた。日本植物分類学会絶滅危惧植物問題専門委員会委員長の井上健さんが急逝され、私が委員長に復帰したあと、私と一緒に植物レッドデータブック見直しに汗を流してくれるポスドク相当のスタッフとして、雇用した。身分は、自然環境研究センタ嘱託研究員。屋久島では、矢原調査隊の主力メンバー。とくに、絶滅危惧植物の個体数調査・自生地のGIS情報取得を担当。
- 松井淳:湯本君とは、京大生態研センターの先輩・後輩の間柄(どちらが先輩かは想像におまかせします)。私は分類研の出身だが、生態研とは頻繁に交流があった。湯本君とともに、シンポジウム『シカと森の「今」をたしかめる』を企画。中静プロジェクトでは、湯本君とともに、動植班(動物・植物相互作用班)のメンバー。寺川さんの指導教官。
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湯本貴和:矢原が屋久島の固有植物相を研究していた20年前に、大学院生として屋久島に住み込み、花と昆虫の関係を研究していた。ツワブキ・カンツワブキの交雑について共著論文を書いたのが懐かしい。講談社ブルーバックス『屋久島』の著者であり、屋久島をこよなく愛する同志。
動物研究者
- 揚妻直樹
:「シカは、生息地改変などの撹乱に対してパイオニア的に(r戦略者として)ふるまうが、安定した環境ではK戦略者にスイッチする」という独自の仮説を検証しようとされている。私はこれまでに各地で得られているデータからみて、シカの増加が密度依存的な要因で抑制されるとは思えないが、「思う」「思わない」という議論は不毛だ。できるだけ早く、揚妻仮説の検証に決着をつけてほしい。私は、屋久島の全植物の絶滅リスク評価をして、ヤクシカの摂食で絶滅しそうな植物を守る道を行く。また、狩猟という行為を通じて、ヒトが生態系に関わる文化は、大切にしたいと思う。ちなみに、辻野くんとともに、私に似ていると評判である→手塚邸での3ショット(左から、辻野・矢原・揚妻)。
- 高橋裕史:プロジェクトY・立澤チームのポスドク。今年(2004年)7月には、ヤクシカの夜間ライトセンサスの陣頭指揮をとった。立澤さんに、論文執筆を迫る迫力は、たのもしい。
- 立澤史郎
:プロジェクトYでは、ヤクシカ調査チームのリーダー。馬毛島のマゲジカの研究で学位取得(京大時代のウェブサイトを参照)。1995年に、屋久島の周回道路、安房林道〜永田歩道、白谷林道〜宮之浦岳、などのルートで、夜間のライトセンサスにより、ヤクシカ目撃数を記録されていた(未発表データ)。プロジェクトYでは、今年(2004年)同じ方法でライトセンサスを実施。ヤクシカが増加していることを示す決定的なデータが出た。立澤さんの論文原稿ができたら、屋久島で現地報告会を行ない、結果を公表する予定。早く論文を!
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常田邦彦:自然環境研究センター研究主幹として、全国各地のシカ問題に関わる。プロジェクトYでは、自然環境研究センターチームを率いて、シカ防護柵の設置による植物の保全対策を主として担当する。
- 半谷吾郎
:ヤクザル研究の若きリーダー。残念ながら、これまでお目にかかる機会がなかった。学生ボランティアによるヤクザル調査隊
を組織して、高標高地で暮らすヤクザルの研究に挑む組織力と、成果を確実に論文にしていくパワーは、頼もしい限り。このサイトの開設をメーリングリストyakunetで紹介したら、早速メールをいただいた。近々会えるだろう。
- 丸橋珠樹
:京大の先輩だが、残念ながら何度かお目にかかったことがある程度の面識しかない。長年、霊長類と果実の共進化を研究されている。古市さん・山際さんと書かれた『屋久島の野生ニホンザル』(東海大出版)を読んで、春先のヤクザルの食糧としてアコウの果実が重要だと教わった記憶がある。ヤクザルはアコウの重要な種子散布者なのだろう。
- 室山泰之
:霊長類研究所に集中講義に呼んでいただいたときには、お世話になりました。プロジェクトYを開始したことがきっかけになって、またお目にかかれるのを楽しみにしています。
- 山極寿一
:京都大学人類進化論研究室の教授として、ヤクザル研究を含む多岐にわたるプロジェクトを推進されている。屋久島オープンフィールド博物館の報告書ページで、「屋久島におけるこれまでのエコ・ミュージアム的活動」と題して、歴史をふりかえりながら、オープンフィールド博物館にかける思いを語っておられる。
- 好廣眞一
:私が京大の学生だったころ、学生控え室で、学問以外の話題も含め、いろいろな話を熱っぽく語ってくれた大先輩。今回、龍谷大学のホームページを訪ねてみたら、あの善意でいっぱいの顔が久々に見れた。懐かしい! ヤクザル調査隊の歩みを読んで、好廣さんがこの調査隊の生みの親であることを知った。
その他の研究者
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安渓遊地:京大の学生時代に、京大琵琶湖研究会の創設に関わったメンバーだと聞いた。すでに伝説の人だった。私は琵琶湖研究会の2代目会長だが、会の創設後しばらくは会長を置かなかったので、学年は少し下である。屋久島・西表島などで、島の古老の方々などから、聞き取り活動を続けられている。屋久島オープンフィールド博物館の報告書ページで、「野も山も海も川もー聞き書き・屋久の島びとの自然観」と題する記事が読める。今年(2004年)、湯本プロジェクト相談の会で同席して飲んだとき、『たたりの生態学』という本を書かないかという話を持ちかけた。安渓さんいわく、「そういう話はね、大きな声でしてはいけないの。そぉっ〜と、小さな声でするんだよ。」
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松田裕之:数理生態学。環境省植物レッドデータブックの絶滅リスク評価で協力を得て以来、交友が深まった。プロジェクトYの理論的支柱。
大学院生
- 石橋史朗:北大甲山研のM1。「多種間でのシュート形態の比較」について研究中。シュート形態を二列生配置、擬似輪生配置、中間の配置に分類して、データを解析しているところ。調査の後フルーツガーデンの園長と一杯やるのが何よりの楽しみ。三岳好きで調査の後、実家に一升瓶一本を持ち帰り親父と一晩でほとんど空けた。
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清野未恵子:京都大学人類進化論研究室のM2。手塚邸の囲炉裏端で知り合った。7月のシカ調査では、お世話になりました。
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高嶋敦史:九大農学研究院森林計画学研究室のD1。吉田茂二郎教授が1973年に設定された、小花山・天文の森固定試験地(各1ヘクタールの大規模プロット)を使って、ヤクスギ天然林の長期林分動態を研究されている(ウェブサイトに論文の要旨あり)。本年(2004年)9月17日〜10月15日の屋久島滞在中に、久米篤くんの紹介で、知り合った。そのとき、小花山・天文の森固定試験地では、設定当時に、3つの100mラインに沿って、2m×2m単位で、林床の植生調査が実施されていることを知った。しかも、調査を担当したのが、鹿児島大学(当時)の迫先生だというから、同定はきっと確かだ。「ヤクシカ・タヌキの検討会」資料として、過去の林床植生調査データを自然環境研究センターのスタッフに徹底して調べてもらったが、記録に残っている資料の中には、再調査に耐える水準のものはなかった。ところが実は、高嶋くんが整理中の未発表資料の中に、とんでもない宝物があったのだ。早速、高嶋くんに、データをファックスで送信していただいて、離島前日の10月14日に予備的な再調査をした。その調査速報は、吉田先生にもご了解いただいたうえで、シンポジウム『シカと森の「今」をたしかめる』での私の講演の中で、紹介した。来年には本格的な再調査をして、高嶋くん・吉田先生と、一緒に論文をまとめたい。
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田金秀一郎:植物全般にわたる同定能力と、有り余る体力で、プロジェクトYの植物分布調査を担う。永田岳の「神様のクボ」で、濡れたヤクザサの斜面を滑り降り、1回転して着地した「竜巻旋風脚」事件は、関係者の間では伝説と化している。本業は、九大農学研究院園芸学教室M2で、サツキとマルバサツキを研究している。今や伝説と化した「スミレ戦記」の更新が待たれる。
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辻野亮:総合地球環境研究所の湯本貴和くんが指導教官らしいが、本人はめったに指導してもらえないと言い、湯本くんは「辻野はほっておけばいい」と言う。いかにも京大的な師弟関係だ。ときどき、矢原チームの植物分布調査に参加してくれる。有り余った体力で沢の石を飛ぶ田金くんとは対照的に、長い足で飄々と飛ぶ。手塚邸で、辻野・私・揚妻の3人が並んで座ったときには、「兄弟のようだ」と言われた→手塚邸での3ショット)。尾根と沢での植物分布の違いに興味を持ち、芽生えのセンサスをしていたが、今年の台風で、調査区の大半が崩壊した。「崩壊したあとの調査ができていいじゃない」となぐさめた。サルの研究者からは、「調査地に行き着けただけでも良かったね、アフリカではときどき、調査地に行けなくなるから」となぐさめられたという。
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寺川眞理:奈良教育大学松井淳研究室のM2。シンポジウム『シカと森の「今」をたしかめる』で知りあったのが縁で、このサイト開設にあたり、いろいろと情報をいただいた。このサイトが、「精力的に更新されているのを見て、私も(修論そっちのけで?)HP作りに挑戦してみました。」というわけで、「ヤマモモンキ」のページが出来ました。
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東樹宏和:京大理・動物生態学研究室のM2。「ツバキシギゾウムシとヤブツバキの共進化」を研究している。屋久島のヤブツバキは、リンゴツバキという変種に分類されるほど、果皮が厚い。そして、ツバキシギゾウムシの口吻がとくに長い。この、いかにも「軍拡競走」を思わせる現象には以前から興味があり、大学院生のテーマの有力候補に考えていた。しかし、東樹くんが見事な研究をしてくれたので、もはや私の出る幕はないようだ。とか、いいながら、、臥蛇島(11月29日の日記参照)にヤブツバキの自生はないだろうか、と気になっていた。先日、屋久島で偶然目にした資料で、臥蛇島のヤクシカがヤブツバキの樹皮を剥いでいると知る。ツバキシギゾウムシはいるのだろうか?
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永井真紀子:横浜国立大学小池文人研究室のD2。寺川さん同様に、シンポジウム『シカと森の「今」をたしかめる』で知りあった。、「ヤクスギ帯におけるニホンジカの個体群動態と採食植物の関係を10年スケールで」調べたいという野望の持ち主。がんばれ。
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馬場健:京都大学大学院環境マネジメント専攻で、「登山道における利用のインパクトとキャパシティ」について研究している。小学5年〜中学1年までの3年間、屋久島:尾之間で暮らした経験がある。「ヤッタネ調査隊」や「ヤクザル調査隊」の参加経験もあり、屋久島の事情に明るい。「エコツアーや登山などの森林レクリエーション利用が自然環境や利用体験に及ぼすインパクトに興味」があり、目下、修士論文を執筆中。
私がよく知らないプロジェクト
2005年新年に、インターネットで検索して発見したサイト。私は、かなりの屋久島通のつもりだったが、以下のプロジェクトについてはまったく知らない。ご存知の方があれば、情報をください。
- 屋久島の環境と未来
: 筑波大学生命環境科学研究科の安仁屋政武さんを世話人とするプロジェクトらしい。12名のメンバーのうち、藤井宏一さんと鞠子茂さんは知っているが、屋久島に関わったことがあるとは知らなかった。機会を見て、聞いてみよう。他の10名は知らない。
- 絶滅危惧種ヤクシマサルスベリの保全に関する研究
:宮崎大学農学部の伊藤哲さんによるプロジェクト。平成14年まで、科研費のサポートがあったが、今は途絶えているようだ。
- 循環型社会システムの屋久島モデルの構築 : 鹿児島大学地域共同研究センターの鈴木基之さんを研究代表者とするプロジェクトで、文部省の大型予算である科学技術振興調整費によって平成13-15年度に実施された。ウェブサイトに、メンバーと年度ごとの研究計画が掲載されている。科学技術振興調整費のウェブサイトで「屋久島」をキーワードに検索したら、20件の報告書(pdfファイル)がヒットした。いくつか開いてみたが、いわゆる「報告書」である。文部省の大型予算で地域研究をしたのだから、地域の住民が手軽に参照できるように、研究成果をウェブ上で分かりやすく説明してほしいと思う。とくに、民間に委託して作成した空間データの相互利用システムは、ぜひ公開してほしい。国民の税金で作成された「屋久島ベースマップ」や「屋久島モデル情報公開システム」を、屋久島に関心がある国民が利用できるようにしてほしい。
行政機関
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