九州大学大学院

生体高分子学研究室

Protein Science and Cellular Biochemistry

腸内の共生細菌に対する免疫寛容の分子機構の解明

概要

タンパク質同士の糊付け反応に関わる酵素である「トランスグルタミナーゼ」が、囲食膜と呼ばれる腸管バリアの安定化に重要な役割と、細菌由来の毒素への耐性を生み出していることを明らかにしました。腸管は、食べ物などと一緒に侵入してきた細菌などに常にさらされているため、優れた免疫のシステムを有しています。昆虫では、殺菌性の抗菌ペプチドや活性酸素に加えて、囲食膜と呼ばれる構造体が感染細菌からの防御を担っています。今回発見したトランスグルタミナーゼによる囲食膜の安定化は、腸内細菌のバランスを保つ一つの要因である可能性があり、囲食膜と腸内細菌の相互作用解析を進めることで、私たちヒトの腸管免疫研究にも応用できると期待されます。

背景

腸管には、侵入してきた異物から自己を守るための特有の防御壁が備わっています。例えば哺乳類では、腸管の内側をムチン層と呼ばれる粘液層が覆っており、外界からの刺激物や病原性細菌によって直接生体にダメージを与えないように、バリアとしての機能を果たしています。昆虫でも同様に、不溶性の多糖、およびタンパク質から構成される囲食膜が腸管の内側を覆っており、ムチン層と同様に生体を守るバリアとしての役割を担っています(図1)。しかしながら、詳しい囲食膜の生体防御機構は不明のままであり、とりわけ、モデル生物として広く用いられているキイロショウジョウバエにおいては、囲食膜を構成するタンパク質として「ドロソクリスタリン」が 1 種類報告されているのみでした。私たちは、タンパク質同士の共有結合形成(化学架橋)、言わば糊付け反応に関わるトランスグルタミナーゼが、囲食膜の安定化と、細菌由来の毒素への耐性を生み出していることを発見しました。

内容

トランスグルタミナーゼは、試験管内の実験により囲食膜タンパク質のドロソクリスタリン同士を糊付けし、超高分子のポリマー(※3)を形成させることが判明しました。また、顕微鏡を用いてドロソクリスタリンの様子を観察してみると、繊維状の構造をとることがわかりました(図2)。この繊維状構造の形成は、トランスグルタミナーゼの存在に関わらず、自発的に起こりました。しかし、糊付けを受けていないドロソクリスタリンにおいては、病原性細菌が分泌するタンパク質分解性の毒素によって分解され、繊維状の構造は無くなってしまいました。一方で、トランスグルタミナーゼにより化学架橋されたポリマーとなり安定化された繊維状ドロソクリスタリンは、タンパク質分解毒素からの攻撃を免れていました。さらに、この繊維の安定化が腸管においてどのような役割を果たしているのかを調べました。この解析では、腸管特異的にトランスグルタミナーゼの発現を抑制することで、囲食膜におけるドロソクリスタリン同士の糊付けを弱くしたハエを用いました。このハエに病原性細菌を経口感染させた結果、細菌が分泌する毒素により腸管上皮細胞が高頻度で死滅し、ハエ自体も非常に短命になることが判明しました。以上のことより、トランスグルタミナーゼによるドロソクリスタリン繊維の安定化は、タンパク質分解性の毒素による囲食膜の破壊を防ぎ、細菌や毒素の腸管上皮細胞への侵入を遮断していると考えられます(図1)。

効果・今後の展開

本研究において、タンパク質糊付け酵素であるトランスグルタミナーゼは、腸管のバリアとして存在する囲食膜の構成タンパク質を糊付けすることで、囲食膜を安定化させ、病原性細菌からの攻撃を防いでいることがわかりました。一方で、哺乳類の腸管ムチン層は、病原性細菌からの防御のみならず腸内細菌の恒常性維持、ひいてはアレルギーなどの免疫疾患にも大きな影響を与えていることが解明されつつあります。しかしながら、500種、100兆を超える腸内細菌の複雑さから、解析は非常に困難となっており、ムチン層が引き起こす各種生理機能の全貌は明らかにされていません。そのようななか、キイロショウジョウバエを使った腸管免疫の研究は、哺乳類と比べて細菌種が少ないこと、実験動物として取り扱いやすいことから、2008年頃より世界中の研究室で行われるようになってきました。今回発見したトランスグルタミナーゼによる囲食膜の安定化は、腸内細菌のバランスを保つひとつの要因である可能性があり、囲食膜と腸内細菌の相互作用解析を進めることで、私たちヒトの腸管免疫研究にも応用できると期待されます。

囲食膜の構造と繊維状ドロソクリスタリン
図:"囲食膜の構造と繊維状ドロソクリスタリンの様子。
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