九州大学大学院

生体高分子学研究室

Protein Science and Cellular Biochemistry

タンパク質分子モータの作動機構の研究

生体運動、例えば、筋肉収縮、細胞の原形質流動、細胞内顆粒移動等は、タンパク質分子モータと総称されるATP分解酵素によって生じる。細胞内の小胞体も分子モータによって形成される。ミオシン、ダイニン、キネシンあるいはncd等がこの分子モータの例である。ミオシンはアクチン繊維と相互作用すると滑り運動を起こし、ダイニンやキネシンあるいはncdは微小管と相互作用すると、滑り運動を起こす。それらが相互作用することによって生じる活性化型のATP分解に共役して滑り力が発生するのである。ミオシン、ダイニン、キネシンあるいはncdは,互いに異なったタンパク質であるが、これらの分子モータとしての基本的作動機構は同じであろうと思われている(最近,ミオシン頭部のコア部分の立体構造がキネシン頭部やncd頭部のコア部分の立体構造に非常に良く似ていることが判った)。その分子機構の原理は、分子レベル生物学における最も重要な、未解決の基本問題の一つである。

当研究室では,この基本問題を解決するべく、単離精製したモータタンパク質を用いて生物物理学的研究を行っている。実験試料には、ウサギや貝などの筋肉から精製した分子モータを用いることもあるし,バクテリアを用いて発現させて得た各種分子モータおよびその変異体を用いることもある。分子モータによって生じる滑り運動は,タンパク質繊維1本,あるいは,分子モータ1分子のレベル,つまり真の意味での分子レベルで計測し,解析する(図1)。そして,実験的に得た結果を理論的に研究する。これらの測定や解析,および理論的研究は,コンピュターを駆使して行っている。

上記の理論的研究は、(当研究室の以前の研究で明らかにした)球状タンパク質の柔らかさを考慮することにより、活性化型ATP分解機構をブラウン運動理論に結びつけて作ったモデル(1991年)に立脚している。この理論的研究により、活性化型ATP分解という生化学と,タンパク質分子の能動的滑り運動という物理学が初めて結びついたのである。さらに,最近では,計算機シミュレーション実験を併用して、キネシンなど1分子で「歩行」運動する分子モータの作動機構に関する理論的研究も行っている。これは,イギリス・バーミンガム大学の生物物理学者との共同研究である。この共同研究の結果、キネシン等の分子モータ1分子の精密な滑り運動機構モデルと熱力学を矛盾無く結びつけることに初めて成功した。この熱力学的分子論モデルをF1Fo ATP合成酵素に応用して、その作動機構を理論的に解明する研究も始めた。

分子モータは(ATPを分解する)酵素である。普通の酵素は,基質-生成物間の反応を触媒するだけで,他に作用を残さない。しかし,分子モータは,細胞骨格繊維と相互作用しつつATP分解反応を触媒すると,分子モータ自身あるいは繊維を他の場所へ移動するという作用を残す。この点で分子モータは通常の酵素と異なる。この異なる点の仕組みを明らかにすることこそ,分子モータ作動メカニズムの物理化学的ないしは物理学的原理を明らかにすることである。タンパク質の動的物性に着目してこの原理を明らかにすることが研究の夢である。自然が作ったミクロサイズ分子モータの作動メカニズムは、もちろん,ヒトが考案したマクロサイズエンジンのそれとは基本的にまったく異なったものであるに違いない。

図. 分子モータによって生じる滑り運動を直視して計測・録画し,解析する方法
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