九州大学大学院

生体高分子学研究室

Protein Science and Cellular Biochemistry

無脊椎動物の病原菌に対する免疫反応のしくみ

カブトガニは、北アメリカ東岸と中米ユカタン半島沿岸、アジア大陸の東南海域沿岸に合計4種が生息しています。中国や東南アジアのある都市では、いまでも食材として屋台の店先にならぶそうです。日本産のカブトガニには、Tachypleus tridentatus (タキプレウス トリデンタツス)という学名がつけられています(図1)。カブトガニの遠い先祖は、Sanctacaris(サンクタカリス)と呼ばれる鋏角亜門で、カンブリア紀のバージェス頁岩から発掘された化石種です。カブトガニは、分類学的には節足動物門、節口綱、剣尾目に属しており、エビ、カニよりもクモに近縁です。生きた化石と呼ばれ、たしかに2億年前の中生代ジュラ紀の地層から掘り出された化石の外部形態は、現存種と良く似ているように思えます(図2)。一方で、カブトガニの遺伝子の解析から、分子レベルでは他の生物とほとんど同じ速さで進化してきたことが分かっています。

ところで、私たちヒトを含む脊椎動物の免疫反応は、獲得免疫と自然免疫とよばれる反応から成り立っています。獲得免疫は、遺伝子の組み換えにもとづく抗体の多様性を基礎としています。そのため、感染微生物(非自己)を正確に見分けられる抗体が体内で作られるのに、少なくとも数日の時間が必要です。一方、自然免疫で活躍する細胞やタンパク質は、感染の有無にかかわらず、常に必要量が体内に存在し、感染初期の免疫反応に重要な役割を果しています。実は、獲得免疫を起動させるためにも自然免疫の関与が不可欠です。自然免疫は、動植物に共通してみられる免疫系で、脊椎動物を除いた多細胞生物には獲得免疫はなく、自然免疫のみで感染微生物を防御しています。自然免疫ではたらくタンパク質が、感染微生物を見分ける際に標的とする物質(非自己として認識する物質)は、感染微生物の外側の殻(細胞壁)にあります。リポ多糖、ペプチドグリカン、あるいはbeta-1,3-グルカンとよばれる成分です。これらのすべては、遺伝子からの直接産物のタンパク質ではなく、いくつもの複雑な酵素反応の連鎖により作られる糖鎖や脂質、あるいはそれらが複雑に結合したものです。これらの物質は、微生物自身の生存に不可欠です。

カブトガニは、受精卵の中で4回も脱皮して孵化後、15年をかけて毎年脱皮を繰り返し成体となります。脊椎動物に劣らない長い寿命を誇るため、洗練された自然免疫を備えているはずです。その体液は、哺乳類の血液とリンパ液に相当し、血リンパとよばれます。通常、節足動物の体液には何種類もの血球が含まれていますが、カブトガニの血球は1種類の顆粒細胞で占められ、自然免疫の研究には大きな利点となっています。顆粒細胞内には大小2種類の顆粒があり、体液凝固因子、レクチン、抗菌ペプチド、タンパク質分解酵素阻害剤などが貯蔵されています。この細胞の特徴は、リポ多糖に鋭敏に反応して顆粒内成分を分泌することにあります。その結果、体液凝固系が働いて、体液の流出と感染微生物の体内への拡散が阻止されます。同時に、感染微生物はレクチンにより凝集され、抗菌ペプチドで殺菌されます。リポ多糖は、ヒトにおいても、自然免疫系を誘導する引き金となる物質として知られ、臨床的には注射液や透析液へのリポ多糖の混入は重大な問題です。これらの医薬品がリポ多糖で汚染されていると、過剰な免疫反応の結果、発熱や重篤なショックを引き起こすことがあります。カブトガニの顆粒細胞を材料にした高感度のリポ多糖検出試薬が開発されており、医薬品の製品管理に利用されています。

当研究室では、このようなカブトガニの自然免疫系で活躍するタンパク質の立体的な形(立体構造)と自然免疫のしくみについて研究を行うとともに、企業と共同して、高感度リポ多糖検出試薬の開発も行っています。

カブトガニ
図1. 博多湾に生息するカブトガニ
図2. ジュラ紀の地層から出土した化石
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