九州大学大学院

生体高分子学研究室

Protein Science and Cellular Biochemistry

その16 みずからの三昧、みずから知らず

前述の牟田達史氏が、九大理学部生物学科の岩永貞昭教授の主催する生体高分子学研究室に卒論生として配属されたのは、1985年4月のことである。手元にある1985年度の古いアルバムを開くと、4月27日新歓コンパ、7月23日博多湾納涼船、9月14日素麺パーティ、10月21日ソフトボール大会、10月26日秋バザー、11月16日能古島遠足、12月20日忘年会、12月24日クリスマス会、翌年1月ぜんざい会、3月3日卒論発表会、3月15~16日別府への卒業旅行、3月27日卒業式といった研究室行事に彼はすべて登場している。大学院に進学した後も、彼がよく遊び、よく酒を飲んで、よく実験したことを、折々の写真が証明している。

彼の大学院時代の研究は、カブトガニの体液凝固カスケードに関与する凝固酵素前駆体とC因子の一次配列の決定が中心である。彼は、凝固酵素前駆体の配列とS-S結合の決定から、新たなドメインを見出し、クリップドメインと命名している(J. Biol. Chem., 1990)。そのドメインは、その後、昆虫や無脊椎動物の自然免疫タンパク質に特徴的に見られる重要なドメインであることが判明した。一方、C因子は、カブトガニの唯一のリポ多糖(LPS)に対するバイオセンサーである。彼は、C因子が6種類のドメインを含むモザイクタンパク質であり、無脊椎動物のタンパク質に、補体ドメインのひとつであるCCPドメインが存在することをはじめて報告した(JBC, 1991)。さらに、助手着任後は、残る凝固因子であるB因子(JBC, 1993)、G因子(JBC, 1994; JBC, 1995)の構造機能相関の研究に大いに貢献したのである。これらの研究成果は、私の研究室の主要テーマのひとつとして、現在も発展継承されている。カブトガニの体液凝固研究は、W. H. Howellの報告(Johns Hopkins Circulation, 1885)を嚆矢とするが、私は数年前、カブトガニ研究の歴史を執筆する機会を得た。それが、彼との最後の共著論文となった(J. Biochem., 2010)。

古いアルバム写真に登場する牟田さんは、いつも楽しそうに腹から笑っている。私よりもずっと先輩に見える写真もある。当時、彼は先輩、後輩、教員の垣根をこえて、無遠慮に思えるほど率直に討論をふっかけた。それでも先輩や教員のだれもがいやがることなく積極的に対応していたのは、研究者特有の情熱のためであろう。私は、国内外を問わず研究者仲間から、「牟田さんは、川畑さんの何年先輩ですか」と幾度となく尋ねられた。「彼は、私の5、6年先輩ですよ」と、うそぶくのを常としてきた。彼は電話好きで、東北大に移籍してからも、月に幾度となく電話をかけてきた。要件は、ほんの数分、おまけは1時間、長くなると2時間、種々の不満やよもやま話で盛り上がった。もちろん、その会話のなかに共通する研究上のアイディアや情報が含まれていたのは事実ではあるが、互の大いなるストレス解消でもあった。

道元禅師の垂示に「みずからの三昧、みずから知らず」とあったと記憶している。一心不乱になってひとつのことに集中している時、当人は集中していることさえ自覚していないという。調子よく高速で回転しているコマは、まるでピタリと止まっているようである。しかし、回転数が減じるにつれて首を振りはじめ、回転していることが自覚されるのである。「きょうは勉強したぞ」と自覚できる限りは、まだまだ本物ではないということである。牟田さんは、研究者を志してこのかた、この境地、「三昧境」にあったのではないか。

2013年11月8日
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