九州大学大学院

生体高分子学研究室

Protein Science and Cellular Biochemistry

その11 ヒトは太陽系をはるかに超えるサイズのDNAを内包する生命複合体である

九大の生物学科の教員は、箱崎キャンパスでの専門教育だけでなく、遠く離れた伊都キャンパスでの全学教育の一部も担当している。私は伊都キャンパスにおいて、工学部の学生に向けて「分子生物学」を講義している。真新しい教室には、単位取得のために集まったとしか思われない受講者がほとんどを占めてはいるが、基礎的な生命現象の分子機構の理解を目的にしつつ、最新の生物科学に少しでも興味をもってもらえるよう心がけて講義している。

そんな学生さんたちに、「私たちのひとつの細胞の核にある全染色体のDNAを繋いで伸ばしたらどのくらいの長さになるでしょう?」と質問すると、ほとんどが黙して語らず、興味すら示さないのが常である。実は、直径10ミクロン(10/1000ミリメートル)程度のヒト細胞核の全染色体に、合計2メートルにもおよぶDNAが折りたたまれているのである。私は、そのDNAが一定時間ごとに、じつに正確に複製されて、細胞分裂が起こっていることを想像した時、気分が悪くなるほど、生命現象の妙に感動するのである。時々、定期試験の後に、この講義はとても面白かったですと近づいてくる学生がいる。ほっと、冥利に尽きる瞬間である。

今日の早朝、ふと、一人分のDNAを繋いだら、どのくらいであろうか思って、計算してみた。月まで(37万Km)は届くだろうとの直感であった。ヒトの全細胞数は、約60兆個、従って全長のDNAは、2×60×10^12=1.2×10^14 m(1.2×10^11 km)、これを地球と太陽の距離である1天文単位(AU=1.5×10^8 km)で割ってみると、800 AUと算出された。太陽系の最外殻を回っている冥王星と太陽の平均距離は39.5 AUであるから、ヒト一人のDNAの総全長は、なんと太陽系をはるかに飛び越える、想像を絶するサイズであったのだ。光速の乗り物を使っても、1 AUで500秒(1.5×10^8÷3.0×10^5=500)、800 AUでは40万秒(4.63日、0.0127年)も要してしまう。地球の総人口を60億とすると、全人類のDNAの総延長は、0.0127×6×10^9=7.62×10^7(7620万光年)、まさに天文学的数字となってしまった。ちなみに、アンドロメダ銀河までの距離は、約230万光年である。地球上の生物のDNAの総延長は、宇宙の果てまで届きそうな迫力である。

私の研究室では、ショウジョウバエと常在細菌の共生関係を免疫学的な観点から研究している。ショウジョウバエに共生している細菌の数は約500万個、ヒトになると100兆個を超える細菌が共生している。最近になって、ショウジョウバエにおいても、ヒトにおいても、腸内細菌のある菌株が、宿主の生存に不可欠であることが明らかになった。多細胞生物は、ある種の共生菌を欠くと、生存できないのである。日常では、その存在を自覚することはないが、宿主は、その全細胞数をはるかにしのぐ細菌の共生により、生かされているのである。ヒトは、太陽系をはるかに超えるサイズのDNAと、自らの細胞数を超える共生菌とを内包する生命複合体なのである。

2012年11月30日
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