九州大学大学院

生体高分子学研究室

Protein Science and Cellular Biochemistry

その6 ユリーカ的発見をするために

Who will make the discoveries?と題した一章を掲載した神経科学者スナイダー教授の本がある(Brainstorming: Solomon H. Snyder, Harvard Univ. Press 1989)。UWで研究していたある時、A氏が出版されたばかりのこの本を紹介してくれた。以来、私の教育・研究観に少なからず影響を及ぼしている。それによると、科学の進展に大きく貢献した研究者たちの共通項は、彼らのIQ、卒業大学、両親の社会的地位、育った環境の寒暖などではなく、学生時代にノーベル賞受賞者か、それに匹敵する研究者から直に研究指導を受けていることである。科学的創造性は、指導者とのコミニュケーションを通して最も良く育まれ、それは音楽や絵画における師弟関係と酷似しているのだ。

スナイダー教授は、師弟間のコミニュケーションを通して練り上げられた実験から、ユリーカ的発見が生まれると断言する(Eurekaとはアルキメデスが浮力を発見した際に発した言葉)。その実験とは:結果が期待どうりか、そうでないかに関わらず、重要な洞察を得られる実験。闇に弾丸を放つような戦略であっても、数日の努力で結果が得られる実験。教科書に記載された複雑な実験ではなく、より単純でかつ生産性の高い独創的実験。動物や試料の変化を見逃さず、パソコンに入力する前にデータの真偽を見極めることができる実験、などが列挙されている。一方では、新入りの弟子に対して、討論もなしに図書館に押し込め、本人に研究テーマを探させるような無責任で馬鹿げた指導法に警告する。研究の方向性を選択することは、熟練の研究者にとっても、最も困難な科学的問題のひとつだからである。決定的に重要なことは、弟子が自身の研究に対して、自信に充ち溢れるよう涵養することであるという。

先月、今年度から学術振興会の特別研究員に採用された院生に、彼らの後輩のために、「特別研究員の採用に向けた申請書作成の実践説明会」と称して講演してもらった。快く引き受けてくれた8名の新研究員の講演は、皆、堂々として立派であった。かつて院入試の際に、面接を担当した講演者も含まれていたが、その成長ぶりには目を見張るものがある。講演者に共通して語られたのは、工夫を凝らした申請書作成法や指導者との討論の重要性に加えて、細やかな添削と口頭発表の指導に対する感謝の意であった。

弟子の指導法は、今も昔も変わらない。道元禅師が、一番弟子の懐弉(えじょう)を興聖寺の首座(しゅそ:師匠に代わって説法する寺の首席修行僧)に任じた時、「衆のすくなきに、はばかることなかれ。身、初心なるを顧みることなかれ。。。。新首座、非器也と卑下することなく、洞山の麻三斤(まさんぎん)を挙揚して、同衆に示すべし」と教示されている(正法眼蔵随聞記 懐弉:訳注 山崎正一、講談社学術文庫)。道元禅師は、興聖寺の修行者の数が少ないことや、自身の至らなさを気にすることはない、あの洞山和尚の麻三斤の話を皆に説法してやったらよいのだと懐弉を鼓舞しているのである。この時、懐弉39歳、道元禅師より2年年長であった。若い時分に有能な指導者の下で学究するに越したことはないが、年齢を重ねても謙虚で柔軟な頭を維持して、学道に邁進しなければならない。

2011年5月8日
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