九州大学大学院

生体高分子学研究室

Protein Science and Cellular Biochemistry

その3 英語が苦手な人?

学部3年生の演習科目に英語論文の輪読がある。私が学生の時分からやっている。当時、J. Biol. Chem.に掲載されたばかりの「化学修飾による塩基配列決定法(マキサム・ギルバート法)」を分子遺伝学研究室の教授であった関口睦夫先生から解説していただき、図のゲルバンドをだどって塩基配列を読んだことがある。論文の詳細は、理解できるはずもなかったが、とても感動したことを覚えている。

現在、この演習を担当する度に、受講者に向かってある質問をする。「中学、高校、大学と10年近く勉強しても、英語が苦手な人?」。全員が間違いなく手を上げる。そこで、質問文の「10年近く勉強しても」に大きなウソがあることを説明するわけである。中学と高校には、週3回程度の英語授業がある。長期休暇も含めて6年間の授業時間は、3×4×12×6=864時間、日数で36日、1コマ50分なので、僅かひと月となる。さらに自宅学習したところで、たかだか3カ月。大学での学習時間は、この数値に追加するに及ばないであろう。英語を10年間も勉強してはいないのだ。

遠い昔、シアトルにあるThe University of Washington(UW)の生化学教室で2年間、海外特別研究員として滞在したことがある。UWに着いて間もないころ、カルフォルニア州パロアルトのベンチャー企業に派遣された。空港に出迎えた社員が「旅はいかがでしたか」と尋ねたので、「着陸前に飛行機がかなり揺れた」と答えたら、「お前の英語は、これまで会った日本人の中で最も上手い」と、おだてられて仲良くなった。滞在5日目に秘書さんが、土日の予定を尋ねたので、「シアトルのかみさんのところに帰りたい」と言ったら、「Yes, we can do that」と答えて、すぐに往復切符を手配してくれた。この単純な返答がとても上品で、英語は文全体で敬語表現することを知った。日本人であれば、多くが「Yes」だけの返答で終ってしまうであろう。次週もパロアルトで仕事してシアトルに飛んだ。帰宅するタクシーの中で運転手と気軽に話する自分に驚いた。翌週、ボスに出張報告をしたら、「いつの間に英語がうまくなったんだ」と、お世辞ぬきで驚いていた。充実した10日間の英語授業となったのである。

学生諸君、日本人はもともと英語が苦手なのではなく、英語学習に十分な時間を費やしていないのだ。ましてや、才能でもなく、環境でもなく、教材でもなく、努力と訓練のたまものであるこを自覚してほしい。悪条件のなか、西欧列強と互角にわたりあった幕末、明治の若き青年たちを思い起こせば、それは明らかである。一方で、訓練次第で上達するのなら、英語学習よりも未知の研究に時間を費やしたほうが良いように思うかもしれない。しかし、だれでもできることを努力してやろうとしない輩に、だれにでもできない研究をやれるはずはない。なぜなら、一流の独創的研究は、まことに地味な実験と思考と討論の積み重ねの上に、はじめて生まれる産物にほかならないからである。

2011年3月17日
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