動物は外部刺激や自身の内部状態に応じて、適切な行動を選択し実行します。 その神経機構を明らかにするために、以下のテーマで研究を進めています。

視覚による衝突検出と防御行動

 物体の接近に対して、多くの動物は逃避や回避行動を示します。主にカマキリを材料に、衝突検出と防御行動の神経機構を電気生理学的および行動学的手法で調べています。

 物体が動物に接近すると、網膜上で急激に拡大する刺激を受け取ることになります。

ルーミング刺激の説明

そのような接近刺激に対して特異的に応答する視覚介在ニューロンは様々な動物で同定されており、中でもバッタのDCMD(下降性反対側運動検出)ニューロンが有名です。飛行中のバッタは接近する物体に反応して、回避行動を行います。この回避行動が開始される直前に、DCMDニューロンが盛んに発火活動することがわかっています。そのため、回避行動の発現と開始タイミングの決定に、DCMDが関与する可能性が示唆されています。

 これまでの研究により、接近刺激に対してカマキリは防御行動を示すことや、カマキリ神経系にも接近刺激に特異的に応答するニューロンが存在し、この衝突検出ニューロンの活動が防御行動の開始タイミングに影響を与えることがわかってきました。現在、その発現機構の詳細を調べています。

カマキリ衝突検出ニューロンの応答の例

餌検出と捕獲行動の制御機構

 捕食性動物が餌を捕獲するには、餌の位置を正確に把握した上で捕獲行動を制御する必要があります。カマキリを材料として、餌検出と捕獲行動制御のメカニズムを電気生理学的および行動学的手法で調べています。

 カマキリは視覚によって餌を検出すると、餌に対して正確に前脚(カマ)を繰り出して捕らえます。視覚情報で得られるのは頭部に対する餌の位置なので、胴体や前脚に対する餌の位置を知るには、視覚情報と頭部の向きに関する体性感覚情報を統合する必要があります。さらに餌の捕獲には、位置情報をもとに前脚の各関節を動かす角度や速度、そして運動開始タイミングを決定しなければなりません。以上のような複雑な計算処理をカマキリ神経系は行っていますが、その情報処理機構の詳細はほとんどわかっていません。

 現在、視覚刺激に対する脳ニューロンの活動を記録することにより、感覚系から得られた餌の情報が脳内に表現される様式を調べています。その結果、餌サイズの物体の動きに強く応答するニューロンなどが発見され、餌サイズ情報の脳内表現については知見が得られつつあります。しかし、位置情報の脳内表現については未だ不明な点が多く、今後の課題です。

運動制御系の解析

 動物の行動は、多数の筋肉の協調的活動の結果です。運動制御機構の解析には、まず筋肉を支配する運動ニューロンを調べる必要があります。多彩な行動に関与するカマキリ前肢の運動系を、神経解剖学的手法で調べています。

 カマキリ前肢の筋肉を神経支配する運動ニューロンは、前胸神経節に存在します。現在、運動神経からの逆行性染色により前胸神経節の全ての運動ニューロンの同定を試みています。

運動ニューロンの染色例

捕獲行動における感覚・運動変換

 感覚刺激が運動指令へと変換される機構には未だ不明な点が多く、神経科学における重要な問題の一つです。感覚・運動変換の単純なモデルとして、カマキリ捕獲行動に注目しています。

 カマキリ脳の運動中枢が、餌の位置の情報から前肢を動かす運動指令を生成すると考えられます。しかし現在、運動中枢の領域は明確に定義されていないため、様々な染色法を駆使して脳の神経構造の解析を行なっています。

捕獲か防御の意思決定機構

 接近する物体に対してカマキリは防御行動をみせますが、時には捕獲行動をみせることがあります。この捕獲か防御の意思決定機構を神経生理学的および行動学的手法で調べています。

 全く同一の接近刺激が防御や捕獲を引き起こすことから、外部刺激ではなくカマキリの内部状態が行動の決定に関与すると考えられます。そして、意思決定に関与する要因の一つとして順序効果に私たちは注目しています。

 順序効果とは、直前に提示した刺激が、次に提示した刺激への応答に影響を与える現象です。例えば、餌として不適切な大きな物体を提示した後では、カマキリの捕獲応答が低下することがわかっています。一方、餌様の刺激を提示した後では、衝突刺激に対する捕獲応答率が上昇することがわかりました。現在、この順序効果の神経基盤を探るべく研究を進めています。

カマキリ意思決定