D2の飯川寛子さんが鳥類始原生殖細胞(PGC)の新規染色方法に関する論文を発表しました!

概要

鳥類は人間社会に必要不可欠な資源ですが、それらの保全と資源利用は始原生殖細胞(PGC)に深く依存しています。しかし、生きたPGCを胚から単離するための効果的な方法はニワトリに限られており、その現存の方法でも分取効率はあまり高くありません。本研究では、トマトレクチン(LEL)を用いて、鳥類のPGCをラベルし、単離する方法を確立しました。この染色方法は、迅速・簡単で経済的な上に、鳥類を構成する分類群、胸峰類(ニワトリ、ウズラ、アヒル)と平胸類(エミュー)の両方において成功しました。特に、この方法では、より多くのPGCサブタイプを染色出来るためにソート効率が高く、ソートされたPGCは本来の増殖能や移動能を保持していました。この技術は、幅広い鳥類の保全や、研究、農業に貢献することが期待されます。

論文リンク:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/dgd.12948?msockid=1ce4ec97281861662359ff9c29af603b

本論文について

鳥類は一部の恐竜から派生して進化した系統群であり、約一万種が現存するとされています。多くの鳥類種は商業的な価値が高く、食料としてだけでなく、羽毛等の材料資源として、愛玩動物として、さらには研究に用いるための学術的資源として幅広く利用されています。しかしながら、人類の産業活動の影響もあり、17世紀以降、知られているだけでも約130種の鳥類が絶滅し、今も多くの種がその危機に瀕しています。

鳥類種を保存するために、我々は何が出来るでしょうか。もちろん、環境を改善し、鳥類の乱獲を禁止することは、我々人類の義務でありますが、より直接的な解決策として、精子や卵といった成熟した生殖細胞を凍結保存し、人工授精等の技術によって個体を再現するという方法が考えられます。ところが鳥類では、精子のみ、しかも一部の鳥類に限りその凍結保存が可能な状況です。卵は特に卵黄が大きいため、凍結の際に氷の結晶が生じ、細胞を傷つけてしまうため凍結保存できません。そこで近年開発された方法は、「卵や精子になる以前の生殖細胞、始原生殖細胞(PGC; Primordial Germ Cell)を凍結保存する」という方法です。

PGCは孵化する前の個体(胚)の時の生殖細胞です。PGCは14μm程度の「普通」の細胞であり(一般的な細胞よりも多少大きいですが)、卵黄を含まないため、簡単に凍結が可能です。PGCの凍結のためには、以下のプロセスが必要になります。

1.     胚の中からPGCだけ特異的にラベルする。

2.     ラベルしたPGCだけを機械で単離する。

3.     PGCを凍結保存液になじませ、凍結保存する。

2、3のプロセスは、既に確立された技術がありますが、1のプロセスではPGCだけに存在する目印を見つけ、それを細胞が生きた状態でラベルする必要があります。

この論文では、トマトレクチンという糖鎖を認識するタンパク質を用いることで、4種の鳥類(ニワトリ、ウズラ、アヒル、エミュー)のPGCを簡単にラベルし、単離する方法、すなわち新たな「1」の方法を確立しました。この方法は、従来ニワトリPGCの単離に用いられていたラベル方法(SSEA-1の免疫染色)と比較して極めて簡便かつ安価であり、かつSSEA-1よりも多くのPGCをラベルすることが可能です。また、このトマトレクチンラベル法は、鳥類を構成する2つのグループに属する種(胸峰類―キジカモ類:ニワトリ、ウズラ、アヒル;平胸類:エミュー)で有効であったことから、他の鳥類にも適用が広がる可能があります。

トマトレクチンラベル法によってどんな鳥類のPGCも染色することが出来れば、鳥類の保全や、研究、農業に大きく貢献することが期待されます。今後、新鳥類(胸峰類―新鳥類)を用いた検証を行うことによって、トマトレクチンラベル法が鳥類全般に適用可能であるかを調べる必要があります。